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【日曜メッセージ】「仕える者になる」

掲載日:2020.10.11

【日曜メッセージ】「仕える者になる」

「あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、すべての人の僕になりなさい。

      (新約聖書・マルコによる福音書 10章43b~44節)

ヤコブとヨハネは、イエスに従った最初の弟子の中の二人です。その兄弟がイエス様に自分たちを特別に偉く取り立ててほしいとお願いします。これをキリストは全く聞かず、逆に、 「キリストが飲む杯・洗礼」(キリストの受ける苦難のことを指す)を同じく受けられるかと問い返します。「できます」と答えた二人でしたが、実際は十字架刑の前、キリストが捕まった時、弟子たちは誰一人残らず逃げ出します。「できます」とは全くの嘘となってしまいました。これは人間の弱さをよく表しています。

他の弟子たちは、ヤコブとヨハネの話を知って腹を立てます。ということは、実は自分たちも偉く取り立ててほしいと思っていたわけです。すなわち、「うらやましい」、「自分も偉くなりたい」という弟子全員が持つ同じ問題が表れているのです。

でも、イエスは「偉くなりたい者は仕える者になりなさい」と言われました。イエスは、ただ偉くなる、ただ上になることを真っ向から否定して、自分の役割を「仕えるために」、「命を献げるために」来たのだと説いて、それを実行しました。

「偉い」とは、もともとの言語では「最上位、一番上、第一のもの」という意味を持っています。これに対してイエスは一番偉くなりたければ、その逆に給仕、僕、奴隷のように仕える者になるよう言われました。

「仕える」というのはキリスト教においてとても重要な概念です。キリスト教はローマ帝国の強大な権力の支配を批判・否定して、上下関係ではなく、神の前での人間の平等を解き続けたことで、やがてローマ世界に広まっていきます。私たちがどういう方向で生きることが良いのかについて、イエスのこの教えははっきりとした考え方を示しているのです。

キリスト教学校であるとわの森三愛高校で皆さんが学ぶのは、どう生きるのか、偉くなることが本当に良い道なのではなく、その時の心の持ちようが大切だということです。どのような歩みをするかについて、ただ偉くなるという方向性ではなく、皆に仕える人となっていく視点をしっかり持ち、どんなに偉い立場になったとしても、その大切さを知って歩む人であってほしいと思います。

 (小林 昭博 酪農学園大学宗教主任)

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