【日曜メッセージ】「『 愛する 』ということは…。」

「愛する者たち、互いに愛し合いましょう。愛は神から出るもので、愛する者は皆、神から生まれ、神を知っているからです。愛することのない者は神を知りません。神は愛だからです。」

(新約聖書・ヨハネの手紙Ⅰ 4章7~8節)

 

皆さんは、この学校の生徒になってからよく聞き、よく使うようになった言葉があると思います。『愛』がその言葉です。『愛』という言葉は、以前はなぜか使いにくかったのに、今は自然に使えるようになっているのではありませんか。広辞苑には、『愛』とは「親兄弟のいつくしみ合う心、広く人間や生物への思いやり、男女間の愛情、かわいがること、大切にすること」などとあります。実際にキリスト教が伝来した頃は、キリスト教の『愛』を指す言葉がなく、『ご大切』という言葉を使っていたようです。その後、キリスト教が広まり、『愛』という言葉が、他人を大切にする意味で使われるようになりました。

さて、聖書には、支配権力を後ろ盾に不当な税を集める徴税人・ザアカイが登場します。彼は不正な徴税で大金持ちでしたが、人々からは罪人として嫌われ避けられていました。キリストはこのザアカイに直接声をかけ、名前で呼んで、彼の家を訪れるのです。このキリストの愛に出会ったザアカイは、救われて人生が一変します。貧しい人には施し、不正な利益を返還して、愛する人となる約束をするのです。

有名な心理学者エーリッヒ・フロムが著述した『愛するということ』という本があります。この本は初版1956年から長年に渡り愛読されています。多くの人は『愛するということ』は『感情』のことだと思っているかも知れません。しかし、この本の中でフロムは『愛するということ』は技術であって、先天的に備わっているのではなく、学習することで得られるもので、訓練が必要だと論じます。すなわち、「愛するということ」は、自然的に出る感情ではなく、学ばなければならないことであるというのです。

神様はイエス・キリストをお遣わしになり、わたしたちに「愛するということ」を教えてくださいました。イエス様は悲しむ人を慰め、病にある人を癒し、疎外された人の隣にいて、罪人といわれる人々の友となり、そして命さえ惜しみなく全ての人々に神の愛を教えてくださったのです。わたしたちは聖書を通して「愛するということ」を学び、「神を愛し、人を愛し、土を愛する」人として生きていくのです。

(酪農学園宗教主事 朴 美愛)

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