【日曜メッセージ】「若者は幻(希望)を」(ペンテコステメッセージ)

「若者は幻(希望)を」(ペンテコステメッセージ) 

『神は言われる。終わりの時に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたたちの息子と娘は預言し、若者は幻を見、老人は夢を見る。』

(新約聖書 使徒言行録2章17節)

 明日からようやく普段通りの授業が再開されることになりました。わたしたちは新型コロナウイルス発生でこの数か月、今までは経験したことのない苦しい生活を送っていますが、この事態はいずれにしても終わりの時が来ます。すると、わたしたちは以前の生活に戻るのでしょうか。私はそうは思いません。わたしたちは以前の生活に戻るのではなく、新しい生き方に希望を持たなければなりません。

今日は教会ではペンテコステ(聖霊降臨日)の日です。ペンテコステとはギリシア語で50日の意味。イースター(復活祭)から50日目のことで、クリスマスやイースターと共に教会の三大祝日の一つです。キリストの復活と昇天の後、集まって祈っていた信徒たちに、神の霊(神の力、創造力、命などの意味)が注がれた出来事であり、それを記念する日です。神の霊が注がれて新たな力を与えられたイエスの弟子ペトロは、ユダヤの祭りを祝うために各地からエルサレムに集まっていた大勢の人々を前に、ヨエルという預言者の言葉を引用してメッセージを語りました。それが今日のみ言葉です。ヨエルが活動していた時代は、干ばつと深刻な不作が続き、長年の苦しみに生活は絶望的になり、民は神のみ言葉に逆らっていました。が、ヨエルは、「愛なる神は、滅ぶべき民を憐れんで救ってくださる」との「希望」のメッセージを語ったのです。神の霊が注がれると、預言し、幻を見、夢を見るのです。この預言とは、未来のことを言い当てるのではなく、神から預けられたみ言葉、すなわち、神の独り子イエス・キリストによる救いを語る言葉という意味です。「息子と娘は預言し、若者は幻を見、老人は夢を見る」と言うことは、老若男女すべての人に希望が与えられるということです。預言も、幻も、夢も同じ意味で、神の霊によって注がれるみ言葉による「救いへの希望」を指しています。

皆さんの新たな学校生活が始まります。神の霊が注がれ、「建学の精神」である「神を愛し、人を愛し、土を愛す」という「三愛精神」に基づく学びと生活を通して、苦しみの中であっても社会を変える「希望」が育まれて、皆さんは成長していくのです。新たな歩みに神様の祝福を祈り願います。

(学園宗教主事 朴美愛)

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